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琵琶湖に津波が来たのか [気がついた]

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また元暦二年のころ、おほなゐふること侍りき。そのさまよのつねならず。山くづれて川を埋み、海かたぶきて陸をひたせり。土さけて水わきあがり、いはほわれて谷にまろび入り、なぎさこぐふねは浪にたゞよひ、道ゆく駒は足のたちどをまどはせり。いはむや都のほとりには、在々所々堂舍廟塔、一つとして全からず。或はくづれ、或はたふれた(ぬイ)る間、塵灰立ちあがりて盛なる煙のごとし。地のふるひ家のやぶるゝ音、いかづちにことならず。家の中に居れば忽にうちひしげなむとす。はしり出づればまた地われさく。羽なければ空へもあがるべからず。龍ならねば雲にのぼらむこと難し。おそれの中におそるべかりけるは、たゞ地震なりけるとぞ覺え侍りし。「方丈記」鴨長明より

“行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。”で始まる鴨長明の方丈記、書かれたのは平安時代の末期で、武士が勃興し平家と源氏の争いがピークを迎えつつあったころ。時代のパラダイムが大きく変わろうとしているときに、多くの戦と重なるように生じた天変地異と災害の記述を多く含んでいる。長明は、先の見えない不安が都を覆う中で、京都の日野の山中に遁世したのだが、京都の災害記録としても(正確さはさておいても)価値が大きいとされている。

冒頭の引用は元暦の地震(1185年)を描いたもので、これはM7.4の内陸性の直下型のものとされており、京都近郊の多くの建築物が倒壊したようだ。注目すべきは、記述の中にある“海は傾きて、陸地をひたせり”という表現である。現在の京都府は北が日本海に面しているが、ここで記述されている「海」は日本海や大阪湾などの外海のことではなく、琵琶湖のことと考えられる。琵琶湖の湖岸で、津波に類似した現象が生じたと読み取るべきであろう。地震に伴う地殻変動で湖岸の平地が広域に地盤沈降し、水没したということかもしれない。しかし、内陸の湖でも、その湖岸で山体の崩壊が大規模に発生し、湖内への崩落が一気に生じれば水塊が形成され津波となって湖の広い範囲に伝播する。アラスカのリツヤ湾や長崎の雲仙岳で起きたような津波が、直下型の地震によって引き起こされた可能性はある。

一千年前に、しかも京都の山中に隠遁した人の記録なので、ほとんど伝聞をもとにまとめられているはずであり、すべてを事実として解釈すべきではないのだろうが、はなから「誇張に過ぎる」とか「あり得ない」と捨て去るのは止めなければならないだろう。地球上で生じるあらゆる種類の災害は、地球の長い歴史でみれば似たような現象の繰り返しに過ぎないはずだ。これは、地殻変動でも大気変動でも海水面変動でも変わらない。したがって「想定外」の災害ということはそもそもありえないのだから、災害に備えるには、これまでに生じた災害現象の履歴を詳細に知り、その特性を明らかにするという地道な方法しかないように思う。

日本の地震防災は、巨大地震が規則的に繰り返し生じることに着目し、その発生を確率の中で論ずることで危険の切迫を数量化し、これを指標としてさまざまな施策を講じてきた。このアプローチは、取り組むべき優先順位を明確にし、限られた予算と資源を的確に投入するための指標を示すには都合のよい考え方であったとは思うが、数字や場所に引きずられ過ぎて、それ以外のことが頭の中から抜け落ちてしまう危険もある。絞込みが過ぎて、かえって災害の本質を見失うようなこともあったのではないか。

京都を中心とする地域は、長く日本の政治と文化の中心であったことから、少なくとも千年、平安京からでも千二百年の記録が残されている。逆に考えれば、それ以外の地域では記録の密度がかなり疎になるかもしれないが、それでも千年に近い情報は存在しているはずなので、現代の防災の視点をもって改めて古文書を読み解けば、地域ごとの防災を考える際の重要な情報になるだろうし、地域での防災教育の材料としての訴求力も大きいだろう。

いつどこにどんな地震が起きるかは地の底に潜む大ナマズにしかわからない。そんなナマズと親しくなることはできないのだから、予知とか予測とかに力を入れるのを少し控えめにして、その分を地域に根ざした災害教育に振り向けてはどうだろう。
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satoru

こちらの記事と関係がありそうですね。
http://pma.naturum.ne.jp/e1346710.html
by satoru (2012-01-28 13:37) 

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