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丸子川にはホタルがいない [雑誌記事]

丸子川.jpg「ドリトル先生の憂鬱」福岡伸一、AERA 2012.7.16号より

福岡先生の通勤路に丸子川という細い川があり、毎日そこを通るたびに、もしかして小魚が泳いではいないかと水面を覗き込んでいるのだが、丸子川の浅い流れに魚の黒い背を見つけたことはないそうだ。さらに福岡先生は帰り道に暗くなった川面を、もしかて丸子川にホタルがゆらゆらと飛翔していないかと目を凝らしたりしているらしい。これがむなしい夢であることは先刻ご承知なのだが、この気持ちはたいへんによくわかる。なぜなら、私もこの丸子川の辺を徘徊しており、毎朝、毎夕に川面を覗き込んでいるのだから。

丸子川は、東京の西にある特徴的な段丘地形である国分寺崖線に沿って、成城、岡本、瀬田、上野毛、等々力、尾山台、田園調布と続いており、崖からの湧水や雨水を集めて細いけれども清流を形作っている。東京の小河川のほとんどが蓋を被って暗渠となって人の目から消えていることを思うと、この丸子川の佇まいは大変に貴重だといえる。

ホタルがすむ清流にはいくつもの条件が必要で、なにより湿度を保った草と土に覆われた自然の岸を持っていることが必須だという。ホタルの卵は水辺のミズゴケに産みつけられ、微小なムカデのような姿をした幼虫はカワニナという淡水性の巻き貝しか食べないという。そこにカワニナがいなければ育ちようがないのだ。そうして大きくなった幼虫は、川底で冬を越し、春先に日照時間が長くなると岸辺に上陸し、土を掘ってその中でようやく蛹になる。そのためには自然の土手が必要なのだ。

コンクリートで護岸も川底も固められた都市河川では、こうしたホタルにふさわしい環境条件を与えることはほぼ絶望であろう。それならば、コンクリートを剥がして自然に戻せばよいという意見が出てくるのかもしれないが、大都市のど真ん中を流れる河川では、都市の治水という観点から旧に復することは容易ではない。ホタルは別のところで眺めてくださいということにならざるをえないだろう。実は、丸子川近隣の公園などではホタル成育に取り組んでいるらしいのだが。

福岡先生によれば、ホタルそのものよりさらに微妙で限定的な環境条件が必要なのは、その餌となるカワニナのほうであり、ホタルが発生するといういうことの背景には、生物と生物のあいだの複雑なせめぎあいが隠されており、だからこそ、ホタルの淡い光は、その動的な平衡がかろうじて成立していることの証しなのだという。自然を人間が守ろうとするのは決して簡単なことではないのだと改めて思い知らされる。

やっぱり、丸子川でホタルは飛ばないということか。それでも、丸子川にはサギやカモが餌を探して歩いている姿がけっこう当たり前に見られたりするので、もう少しの環境改善はできるように思えるのだが。これは単なる妄想に過ぎないのだろうか。
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