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胸に蛍を抱いて [雑誌記事]

iohani.jpg「暖簾にひじ鉄:連載第541回、91歳の詩人」内館牧子、週刊朝日 2012.6.29号より

作家の内館牧子氏が、秋田市の「あきた文学資料館」で、たまたま見つけた一冊の詩集。その横に置いてある新聞のコピー見出し「91歳の詩人、坂本梅子さん 老人ホームで創作、9作目出版」に引かれ、立ったまま拾い読みを始めたところ、忽ちに引き込まれ、途中から椅子に座ってさらに読み進んだ。もちろん、それでは足らず、東京に戻るなり出版社に連絡をして買い求めたという。

この詩集の作者坂本梅子さんは、今年の3月13日に101歳で亡くなられていたのだ。60歳過ぎまで秋田の特定郵便局員として働く中で、50歳過ぎから詩作を始めたもの。89歳の頃に田沢湖町に近い西木村(現・仙北市)の特別養護老人ホームに入ってからもその活動が続き、91年には秋田県芸術選奨を受賞するなどした。

詩集『いろはにほへどちりぬるを』は、坂本さんが入られた山奥の老人ホームでの暮らしや思いを描いているのだが、「一人で個室で暮らし、死について孤独について家族について、多くを思う日々であっただろう」と内館氏が指摘するように、同書には激しくも静謐な作品が数多いという。特に、内館氏が「衝撃的」と表現した詩集の最後の一篇を次に紹介したい。

 「夜の山と老人」

 山はたそがれ
 ホームの老人もたそがれて
 山は暮れ
 ホームの日も暮れて
 山は夜のいろ
 老人は夜の舟に揺られ
 胸に一匹ずつ螢を抱いて
 光ったり 消えたり
 山は闇に座したまま
 光もせず 消えもせず
 老人は胸に明滅する神さま
 を抱いてねむる

「胸に一匹ずつ蛍を抱いて」いる老人たちの孤独と哀しみが心に染み入るようだ。内館氏によれば、「蛍」とは希望のことで、「きっと明日はホームで楽しいことがあるかもしれないとか、誰かが訪ねてきたり、手紙や電話が来るかもしれないとか、ポッと蛍が光る。だが、そんなことはないだろうなと蛍は消える。いや、あるかもと明滅する。そうやって、闇に溶ける山々と眠る日々」

そして最後に、「この一篇は、百万語を重ねて家族や老人を表現するものを駆逐する。91歳の詩人である」と断言している。

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