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麻薬の世界へようこそ [読後の感想]

"<麻薬>のすべて” 船山信次、講談社現代新書 を読んで

"破滅”や"終焉"といったことさらに刺激の強い言葉を、赤く巨大な文字で威嚇するように投げつける夕刊紙群。負けじと週刊誌などの雑誌がこれを追いかけ、いつのまにか新書の帯もこの路線に追随しているものが増えた。その理由はわからないでもないが、それにしても、いかにも売らんかなというのが多い、というかいつのまにか随分と下品になってしまったなあと感じることが多い。でも、きれいごとだけでは生きていけないのも確かだろう。

そんな過激な"売れさえすれば"いいというのと少し趣の異なる本を、古くからの友人である著者より献本頂いた。新書を包んでいる帯の下半分が植物図鑑を思わせる絵柄で、まずそこらの通俗的な麻薬本でないことをしっかりと主張している。よく見ると、表に麻とケシが、裏はタバコとチョウセンアサガオである。(タバコは麻薬じゃないなどと野暮なことは言わない)

この本が書かれた意図はなんだろうか。MDMAと押尾学の話にフォーカスした芸能界などの華やかな人脈に切り込むといった裏話的刺激はまったくない。そうしたことを期待する人は、この本を手にすることすらやめたほうがよい。祟りで目がつぶれるに違いない。

犯罪として麻薬の常用や人体への影響などがときたま取り上げられることはあっても、麻薬そのものの来歴や分類について啓蒙的な視点からまとめたものがほとんどないことが、実は結果として日本での麻薬の蔓延を助長しているという著者の考えに立ってまとめられたものだ。これについて著者は、寺田虎彦の「ものをこわがわらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい」という言葉を引用して、麻薬の認識もまさにこれだと述べている。なるほど、"正当にこわがる”のは難しいね、確かに。原発に対するここのところの喧々諤々は、まさにこのことだと気がつく。

ちゃんと知っていますか? そう言われてみると、モルヒネ、コカイン、覚せい剤、大麻と並べられても、名前は聞いたことがあるが、なにが違うのか、なぜそんなにいろいろ存在するのかなど、ほとんど知らないということにすぐ気がつく。麻薬というと、悪魔の薬であり、とにかく近づいてはいけない、「禁」というのが第一勘。一方で、それだけ禁じられていても、人をひきつける魔力の秘密の匂いも気になるところだ。

内容は深すぎてとても要約できるような類のものではないが、章立て(1から5章まで)でおおよその流れを知ることはできる。
第1章 ケシと阿片とモルヒネ・ヘロイン
第2章 コカとコカイン
第3章 麦角とLSD
第4章 麻王と覚せい剤
第5章 アサと大麻

いずれも、由来となる植物から、如何にして麻薬が引き出されたかというヒトと麻薬の不思議な出会いの歴史を軸にして論を進めている。マフィアの道具といったステレオタイプなイメージがここで完全に覆ること請け合いである。麻薬と人類の遭遇について著者は次のように述べている。

ケシやコカや大麻のような植物がヒトの脳に何らかの作用をおよぼす化合物を作り出しているということは不思議なことである。なぜ、これらの植物がヒトの脳に作用する化合物を作り出しているのであろうか。この疑問に答えるすべはない。生物の多様性というが、生物はとにかく、生き抜いていく過程においてありとあらゆる方向に進化した。その中でたまたま、ヒトにとって麻薬と称される化学成分をつくり出す植物やきのこなどもあらわれたとしかいわざるを得まい。偶然という他ないのである。

さらに著者は本の最後で、"地球というこの孤独な星に、今日に至るまでの過酷な生存競争に打ち勝って生息してきた私たち人類の今後の存続を決めるのは、環境・食料・資源・疾病などに加え、皮肉なことに人類の英知がもたらした「ヤク(薬)とカク(核)」であると思っている”と述べ、さらに、"皮肉なことに今や人類によってこの世に生み出された麻薬と核の存在によって、自身がその存亡の瀬戸際にたたされているわけである。まさに、ヤクとカクの扱いは人類に未来があるか否かの鍵をにぎっていると言ってもよかろう。人類の知恵によって、麻薬も核も、何とか私たちの役に立てられるよう工夫していかなければならない。そのためにも、多くの人たちに麻薬とは何かを正確に知っておいてほしいと願っている。”、と結んでいる。

パンドラの箱のように、開いてはいけないものをヒトの英知という美辞のもとに開いてしまった。便利になること、幸せな気分になることがたやすく手に入るという甘い囁きにみごとに負けてしまったのだ。しかし、このまま幸せな気持ちになったまま滅んでいくことを私たちは選択してはならない。

著者がこの本をまとめたのは昨年のことのようで、もちろん今回の震災による原発の事故は考えることすらしていなかっただろうが、人類と核の危険性についてしっかりと言及している。しかも麻薬の持つ危険性と並べているところに、大変に不思議な感じがするのはなぜだろうか。



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