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寺田寅彦の警告 [気がついた]

いま近藤宗平氏の「人は放射線になぜ弱いか:第三版」講談社を読んでいるのだが、その最初に「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい。」という寺田寅彦の引用(「小爆発二件」より)がある。

科学が果たさなければならない社会への役割を考えるとき、事実を正しく示し、伝えることがいかに容易ではないかという意味であろう。ありのままに伝えればよいとはよく言われるが、その事実をどう解釈すべきなのかという科学の視点が抜け落ちていれば発する言葉に何の力も生じないのだ。

それにしても、大正から昭和初期に活躍した寺田寅彦の言葉がこのところよく引用されているように感じる。例えば、AERAの震災特集号に宗教学者の山折哲雄氏が、寺田寅彦によって昭和10年に書かれた「日本人の自然観」から天然の無常観を身につけてきた日本人について考えを述べている。日本人の精神の深いところには、制御できない猛威をふるう自然にはあえて抗わないという諦念があるという主張である。

寺田寅彦は、1878年(明治11年)生まれ、物理学者であり、随筆家であり、俳人であった。熊本の第五高等学校時代に英語教師の夏目漱石に強く影響されたことが、物理学者としての優れた業績にさらに大きな広がりと深みをもたらしたとされており、科学と文学を調和させた随筆が多く残されている。特に1923年(大正12年)に起きた関東大震災については、調査にも深く関与し災害に関する研究業績も多数残しているが、調査研究を重ねながらその一方で、災害を多く抱える日本の特質に言及するさまざまな著述を残している。

優れた自然科学者であり文学者でもあった寅彦の目は、災害国日本の本質を常に見つめており、残された言葉の多くは現代の日本にも不思議なほど当てはまることが多い。寅彦の洞察が時代を超越していたというべきか、科学は進歩しているように見えても本質は何も変わっていないというべきか。寅彦の言を再読し、これまで科学で何がしかの禄を食んでいたと自認していた我が身を振り返ると、正直うつむかざるをえない。

以下に「天災と国防」(昭和九年十一月、経済往来)より一部を引用する。

文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。

今回の震災で指摘され繰り返し問われていることは、驚くべきことにほとんどここに記されている。地震、津波、台風、洪水と世界で最も過酷な条件のもとで永らえてきた日本という国の特殊性を、しっかりと見つめていかなければいけないということが今から70年以上前の賢人によって示されている。

そうして、寅彦は先人の知恵という部分について次のようにも述べている。

しかし昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えにたよることがはなはだ忠実であった。過去の地震や風害に堪えたような場所にのみ集落を保存し、時の試練に堪えたような建築様式のみを墨守して来た。それだからそうした経験に従って造られたものは関東震災でも多くは助かっているのである。大震後横浜から鎌倉へかけて被害の状況を見学に行ったとき、かの地方の丘陵のふもとを縫う古い村家が存外平気で残っているのに、田んぼの中に発展した新開地の新式家屋がひどくめちゃめちゃに破壊されているのを見た時につくづくそういう事を考えさせられたのであったが、今度の関西の風害でも、古い神社仏閣などは存外あまりいたまないのに、時の試練を経ない新様式の学校や工場が無残に倒壊してしまったという話を聞いていっそうその感を深くしている次第である。やはり文明の力を買いかぶって自然を侮り過ぎた結果からそういうことになったのではないかと想像される。

この文章を読み、今回の震災を考えると、科学とはなんだったのだろうと自らを疑わざるをえない。暗黒から人間を解放し、明るい未来を必ず構築するために不可欠なものとして科学があったのではないか。新しいものが必ず旧いものを凌駕するという仮説が、自然を相手にした場合には、しばしば誤っていることを、結局はそのつど思い知るということなのだろうか。

 
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