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幸せな時が最も寂しい時 [雑誌記事]

20081110-1226294267.jpg3年前に「89歳の新人作家」として話題になった久木綾子さんを、AERA2011.9.26号が「現代の肖像」でとりあげている。取材はライターの橘由歩。

作家としてのデビューが89歳ということだけでも他にないことなのだが、その歩みを止めることなく、さらに第二作、第三作へと創作を続けていることを知って改めて驚かざるをえない。そのエネルギーの源、駆り立てている精神の有様を、ほんの少しだが垣間見ることのできる取材記事になっている。

3年前に初めて出版した「見残しの塔-周防国五重塔縁起」が、NHK「ラジオ深夜便」出演を機に支持を集め、こうした経歴の作品としては珍しく既に10刷、2万部に達しており、続いて昨年6月に出版した第二作の「禊の塔-羽黒山五重塔仄聞」も売上げを伸ばしているという。これらの作品は取材に多くの時間と手間をかけており、「禊の塔」で三年、「見残しの塔」にいたっては実に14年を要している。この半端ではない緩やかな時間感覚の中に、作家久木が歩んだ長い道がそのままあるという。

第一作を書くきっかけになったのは、44年間連れ添ってきた夫の故郷である山口を訪ねた際に訪れた瑠璃光寺五重塔。昼下がりの逆光の中で黒々と優美なシルエットを浮かび上がらせていた姿に、塔を作っていた人々の顔が浮かび、大工の物語を書こうと思ったという。伴侶の死の悲しみから、違う場所へと自分の生が動いた瞬間がそこにあったという。
「なかなか私の掌から離れない蛍がいて、『あ、お父さんだわ』って。」

この出会いから久木は加速していく。まず5年間、中世史を学ぶために歴史博物館の講座に通いながら、総社市の備中国分寺五重塔の修理現場に入り五重塔の構造と解体について学ぶのだが、これが難関だったようだ。「棟梁は何でも聞きなさいと言うのに、何を聞いていいか、わからない。悲しかったですよ。」問題は、精巧な木組みを可能にする作図術、指矩と呼ばれる直角に曲がった物差しだけで角度を割り出し、屋根の反りや木組み角度を墨付けていく技術、規矩術だった。規矩術は大工にとっての羅針盤、職人を描くことは即ち「規矩ある生」を見つめることだったという。

久木の著作活動は、山口、羽黒に続いて現在は佐渡と途切れない。さらに書きたいものが三冊あるというが、書き終わったら潔く、作家を終えてもいいと思うとも語る。
「“孤影”を追い求めたい。立ち返るところは孤独。それはとても豊かなものです。夜、『さあ、書きましょう』となると孤独な自分が帰ってきて、ピタッと私の影と重なる。それが一番、幸せな時。帰結したい場所に到達したくて、書いています」

また久木は孤独についてこうも語っている。「幸せは長くは続かない。だから幸せな時が最も寂しい時。微笑んでいる私がいるけど、ふっと引いて見ている自分もいて、それが私の純文学」


この取材を行った橘は、久木との最初の出会いの時に感じたパワーについて、「枝のような腕に浮かぶ太くたくましい血管」という形で表現している。おそらく、久木という異能の人の持つとてつもない力は、その作品からだけでは理解できない部分もあるのではないだろうか。それにはまず、久木の作品を手に入れて読んでみたいと思う。それと、評判を呼んだという、久木が登場したNHKの「ラジオ深夜便」をアーカイブ(もしあればの話しだが)で聞くことはできないだろうか。映像があればもっとよいのだが...

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川嶋あすか

本棚の整理をしていて、3年前からいつか読もうと思っていた本の作者のことが書かれた記事を大切にしまっていたことを思い出しました。そしてぐぐっていると、このブログにたどり着きました。記事をシェアさせて頂きました。どうもありがとうございます。
by 川嶋あすか (2014-08-02 19:31) 

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