SSブログ

果ての国に潜むもの [新聞記事]

kokutyou.jpg
原発に潜む「ブラックスワン」滝順一、日本経済新聞2012年1月16日朝刊「核心」を読んで

金融工学の専門家でヘッジファンド運用者でもあったナシム・ニコラス・タレブ氏は著書「ブラックスワン」2007年において、確率論や従来からの知識経験からでは予測できない現象が発生し社会に大きな衝撃を与えることの例えとして、ブラックスワンすなわち黒い白鳥の存在をとりあげた。想定の範囲外でありながら、影響が衝撃的に大きく、発生した後になって実は想定可能であったと、したり顔で語られるのがブラックスワンであるとしている。

“人間という生き物は、何かにつけてわかりやすい講釈や理屈をつけて、物事を単純化して見たがる性質をもっており、この単純化を通して見えてくることを過大評価し、単純化によって切り捨てられることを過小評価(もしくは全く無視)する傾向があり、その過小評価したものの中からブラック・スワンはやってくる”

事象の発生と言う観点からすると、世界には正規分布に支配される「月並みの国」とべき乗分布に支配される「果ての国」に分けられるという。「果ての国」では、予想もしない黒い白鳥が突如現れ、結果として経験のないような極端な事象が生じる。世界恐慌のような経済上のクラッシュを黒い白鳥の出現に例えているのだが、こうした考え方は巨大事故にも同じように適用できるという。

日本工学アカデミーがまとめた報告書「福島第一原子力発電所事故後の電気エネルギーの円滑な供給に向けて」2011.9.18では、“どのような手当てをしようとも過酷事故は必ず起きると考える理由がある。それが近年「べき分布」「ロングテール」と呼ばれる低確率巨大事故のメカニズムである”としている。

確率的安全評価手法を用いて、原子力発電での安全性を量的に求めたラスムッセンMIT教授による報告以降、多くの批判があったにもかかわらずこの手法が主流とされ、原発安全神話の礎となってきた。システムの安全に関わる危険要素を、それこそ“しらみつぶし”に洗い出し(可視化する)一つひとつの構成部品の信頼性を高めたり冗長性を持たすことで全体としての安全性を確保するという考え方は、プラントの設計や巨大事故の原因調査などで有用とされてきた。

しかし、まさに福島の事故が見せつけたのは、きわめて稀にしか生じない事故に対してこの評価を適用してしまったことにある。レブソンMIT教授が繰り返し指摘してきたように、事故の原因となる事象は時間軸上で線形であるという仮定の上ですべてが構築されている(だからこそ事故の発生確率を個別の部品要素の発生確率の掛け算として求めているのだが)。にもかかわらず、稀にしか起きない類の事故の多くは、共通原因の下で同時に複数の事象が平行して、しかも相互に関連し合いながらという非線形事象であり、かつ生じる場合の数も爆発的に増加するため、どうしても見落としがでてしまう。衛星打ち上げなどの宇宙航空分野では、事故原因の多くが“しらみつぶし”をすり抜けて生じたことがわかっている。

システムを構成する部分の品質と信頼性を十分に高めれば、極端に低い事故発生率が求められ、したがって事故はありえないという神話が形成されることにつながった。しかし現実に事故は起こり、高信頼性が高安全性とは限らないことをみごとに証明してしまった。計算によって求められた桁違いの、天文学的とさえよべるような、低い事故発生率の議論は、現場を知る者からは、エンジアリングではなく空想であるとまで言われていたという。

滝氏は、こうした議論をふまえ資料としてべき分布のグラフを示した上で、“原発事故の発生頻度と被害規模の大きさもべき分布になるとの指摘がある。もしそうなら、従来の安全対策の考え方を大きく見直す必要が出てくる”と述べているが、これでは巨大災害や事故の発生がべき分布にあてはまることを誰も知らなかったかのようなことになりはしないだろうか。経済分野はともかく、自然災害やそれに伴う過酷事故がべき分布をしていることはすでに1950年代から指摘されており、決して新しい知見ではない。

問題は、そうとわかっているにもかかわらず、安全性の定量的な評価という領域にあえて確率論を持ち込んだラスムッセン報告やその亜流の人々の仕業にある。個々の安全率を掛け合わせると最終的には意味のない天文学的な数値になるようなことを、予めわかっていて仕組むのは科学とは言わない。こうした人たちには、いまそこで羽繕いをしているブラックスワンの姿が見えないのだ。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0

-

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。