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その地名はあぶない [新聞記事]

「地名で災害予測の困難」今尾恵介、2012年4月11日、読売新聞朝刊、文化欄を読んで

今尾恵介氏は地図エッセイスト。地名に対する深い論考が多く、著作でも多数取り上げている。今回の記事は、地名には大災害の記憶が残されているといった意見が、3.11後に多くメディア等で流れていることに地名の専門家としての反論を示したもの。

その土地が災害を受けやすいかは地名をよく読み込めばわかるという話だ。水害であれば、池・沼・沢・江・浦・谷・田・浜・島・橋などのついた所は、かつて沼沢地か汀線地であった可能性が高く、低地で湿地でもしかすると地盤も柔らかいと疑うべきであるという。都心であれば、月島、芝浦、溜池、四ツ谷、市ヶ谷、曙橋、京橋、日本橋、湯島などがそれにあたるだろうか。3.11後は、特に津波の襲来履歴が地名に刻みこまれているという意見が力を得ているようで、雑誌やTVなどでも繰り返し流されている。例えば、東北の太平洋側に多い「おな」や「かま」という音のつく地名。女川、小名浜、釜石、塩釜、鎌倉はかつて巨大津波に襲われたことを子孫が忘れないよう、その事実を地名に刻み込んでいる可能性があるという類の話しだ。

今尾氏は、こうした意見に対して「しばしば不確実な材料を根拠にいたずらに不安をかき立てるものが見受けられるは残念だ」と述べ、さらに「日本の地名が単純に字面で解釈できないのは地名学の常識だ」と明確に断じている。

「実在の沢や沼に基づく『沢・沼』の地名が多いこともまた事実であるが、そうだとしても命名された時点における地名の対象が具体的にどの沢・沼なのか(現存しない可能性もある)を確定するのは至難の業だ。それにもし、沢や沼のつく苗字の豪族が開いた土地だとすれば、危険度などまったく無意味になる」

「特に古い地名は何通りもの解釈が可能なので、どうしても論者の『我田引水』に陥りやすい。仮に地名の由来が完璧に判明したしても、その地名の範囲は町名地番整理などでしばしば大きく変わっている」

「結論を言えば、『この地名が危ない』などと一般化して断定する言説の信頼度は、たとえば『これを食べるとがんになる』類と同程度である。歴史的な地名が安全性を知るヒントになる場合があることは否定しないが、土地の安全性をもっと確実に知りたいのなら、むしろ『土地条件図』などを子細に検討したほうがはるかに合理的である」

「地名に隠された真実」といった話は確かに目を引くのだが、なにより科学的でないところがつらい。日本の地名の由来を深く観察してきた専門家からすれば、言葉遊びもここに極まるといった思いなのではないだろうか。今尾氏のような冷静な立場からの意見は、決して煽動メディアに取り上げられることはないのだろう。

煽り立てる意図はメディア側にあって、主張している側は単に一つの意見を述べているだけなのだろうが、3.11の後は、先に煽ったほうが勝ち的な雰囲気が充満しており、これは時間が経過しても落ち着く様子が見えていない。高知に30mを超える津波が来るらしいといった話しも、途中経過を飛ばして結論だけをぶん投げられた住民はとまどうばかりであろう。煽動メディアの次の標的はすぐに対応策を示さない行政に向かうのだろうが、この騒いでさえいればよいという杜撰さはいったいどこから来るのか。

3.11以降、科学者や技術者の多くが、感情に支配された誹謗中傷に晒されることを恐れ、口を開いて正論を述べることを避けるようになっているように感じている。これでは、ファッショに声を出さなかった何十年か前のどこかの国の知識人と同じではないか。国を亡ぼすのは一人の独裁者なのか、独裁者を産み出し育てたい国民なのか、いまの日本はその境目にさしかかっているように思う。

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